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2013年3月30日土曜日

ディベートでコミュニケーション力は伸びない -齋藤孝『コミュニケーション力』-

齋藤孝 『コミュニケーション力』を読んで

 しばしば、「最近の子どもは、コミュニケーション力が低い」と耳にします。若者の間では、こういた症状を「コミュ障」(コミュニケーション障害の略)と言い、聞かない日がないくらいです。
 一方で、コミュニケーションというものは一体何なのでしょうか。学習指導要領 英語科の目標にも「コミュニケーション能力の育成」が掲げられていますが、きちんと把握できている方は多いのかは疑問です。以下では 斎藤孝 『コミュニケーション力』でのコミュニケーションに対しての考え方を紹介したいと思います。

コミュニケーションとは「意味」と「感情」のやりとりである

しばしば、口にしてしまう「コミュニケーション」は何を指す言葉なのか。goo辞書で検索する

1.社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。
 動物どうしの間で行われる、身振りや音声などによる情報伝達。

と出てきます。我々が話すものは前者でしょう。端的に言ってしまえば「意味や感情をやりとりする行為」です。やりとりですので、一方的なものはコミュニケーションとは呼べません。つまり、テレビを見たり、ブログを読むのはコミュニケーションに当たりません。

 ここで考えたいのは、コミュニケーションでやりとりされるのは、主に「意味」と「感情」であることです。この2つの要素を押さえなくては、コミュニケーションを捉えることは出来ないません。

 「意味」はコミュニケーションで伝えられる中身、内容がそれに当たります。相手に伝えるべきメッセージ、情報であり、具体的には、会議の日時や場所、仕事上の契約、顧客が要求している事柄等です。コミュニケーションの上で、これらは正確に伝えられなければなりません。「意味」が保証されているコミュニケーションは、伝えるべき情報がきちんと表現されているやりとり、ということになります。

 一方で、「感情」という面はどうでしょうか。しばしば、私たちの身の回りのコミュニケーションでは「意味」にばかり重きをおいて、感情のやりとりを忘れてしまっているようです。情報交換=コミュニケーションには、常に感情のやりとりが含まれていることを忘れてはいけません。「感情」が欠けたやりとりは無味乾燥なやりとりです。例えば、全くの笑顔がないコンビニの店員さんとのやりとりを挙げます。このやりとりでは「意味」の要素、「お釣りは○○になります」等が保証されていれば、お店の運営上、全く問題はないです。しかしながら、全くの感情が介在しないこのやりとりはコミュニケーションとは呼べないでしょう。このように、互いに情報をやりとりしていても、感情のやりとりを行わなければ、円滑なコミュニケーションには成り得ないのです。

 では、大事な仕事で何かトラブルが発生した時、「コミュニケーションを事前にとるべきであった」ということばは何を意味するのでしょうか。「意味」の面では、細やかな状況説明をし、共通認識を増やし、行き違いを無くす必要があったことを意味するでしょう。もう一方で、「感情」の方では、感情的にも共感できる部分を増やし、少々行き違いがあっても修復できる信頼関係を築く必要があったことを意味するでしょう。

 話を英語科に戻してみます。本の中での「コミュニケーション力」と英語科の学習指導要領の「コミュニケーション能力」を混合してはいけないですが、英語科の目標で触れられている「コミュニケーション能力の育成」を考えてみると、どうしても情報の伝達、「意味」の面ばかりに注目してしまいがちになってしまい、「感情」の方はないがしろになりがちではないでしょうか。「この構文はこのような意味を示します。では、使えるようになりましょう」では、「感情」という側面があらわれることはありません。我々のコミュニケーションは、常に「意味」と「感情」のやりとりであり、どちらかがかければ、上手なコミュニケーションとは思えません。その2つの要素を想定した英語の運用練習を行う必要があるのではないでしょうか。

 残念ながら、私は勉強不足なので、感情のやりとりの具体的な指導方法は見つかりません。しかしながら、「母語では感情のやりとりができている。内容さえ伝える能力さえ備えれば、あとはその内容に、生徒が勝手に「感情」をのせてくれる」と考えるのは、どうでしょうか。母語でも感情のやりとりができていない生徒は多いように思われます。練習を繰り返さなければ、本番では出来ないと考えます。「6年間も勉強しておいて、全く英語が喋れない」原因は様々なところにあると思いますが、実際のコミュニケーションでの運用を想定できていないから、言い換えると「感情のやりとり」の練習が全くできていないため、意味を伝えられてもコミュニケーションに踏み出せないのではないでしょうか。

ディベートではコミュニケーション力を育成できない?

「コミュニケーション力を鍛えさせるために、ディベート形式で討論をさせる」

 学校教育の中で、妥当な意見として採用されているのではないでしょうか。立場を2分し、お互いの主張を言い合う。そのやりとりの中で、相手の弱点を突き、追い込む。論理性の上で、揚げ足を取り合う。相手の感情をくみ取ることは基本的にはない。

 ディベートで論理力を養う、ということには同意です。ディベートでは論理性が重視されます。論理に乗っ取らない発言は全く相手にされません。ディベートで活躍するには、論理力を身につけるより他はありません。しかし、コミュニケーション力、となるとどうでしょか。上で紹介したとおり、ディベートでは基本的に「感情」を介在しないため、実際のコミュニケーションとは異なります。

 ここでは、より明確に、ディベートがコミュニケーション力を保証できない理由を2点挙げます。

理由1 揚げ足取りの形式は上手なコミュニケーションではありえない

ディベートは通常、勝敗が存在します。ディベートで勝利するためには、論理の上で、相手の本当に言いたいこととは異なる別の弱点を攻めたて、論点をごまかしたりすりかえたりしなければなりません。果たして、これらが実際のコミュニケーションで活用できる力なのでしょうか。実際のコミュニケーションの中で、相手の言いたいことを捉える努力をせずに、あら探しをするとどうなるでしょうか。
 ディベートでは、高い論理性を身につけられるかもしれませんが、それが一概にコミュニケーションにつながるとは言いがたいと考えます。

理由2 実際のコミュニケーションでは自分の価値観をもとにやり取りが行われる

ディベート形式の討論では、多くの場合、立場を変えながら練習を行います。賛否は、ディベートを進行する人に決められてしまうことがほとんどです。双方の立場をより深く理解することは可能かもしれません。
 しかしながら、実際のコミュニケーションでは常に自分の価値判断が状況・発言を左右します。自分にとっての正しさが先行し、その価値判断のもとで、論理が構成されます。ディスカッションでは、立場が割り与えられてしまい、自分が何を大事にしているかという価値判断とは別に論理を構成し、主張しなくてはなりません。自分がつまり、自分の価値観を介在しない発言が強いられます。この点は、実際のコミュニケーションとは大きく違う点です。
 

 複雑に構成されたコミュニケーション力を、何かの活動のみで育成することはできない。ディベートでは論理力を身につけさせることはできますが、他で補わないことにはディベートのみで「コミュニケーション力のある生徒」は育成は出来ないと考えました。
 実際のコミュニケーション力は、言い合いにおいて論理の上で他人を打ち負かすものではなく、

 相手の感情を含めて理解し、次の一歩をお互いに探し合う。そうした真前向きで肯定的な構えが、身につけられるべき基本の構えである。(pp.13)

 ディベートだけではなく、掛け合いでさらなる発見を促せるような、クリエイティブな話し合いの練習を行わないといけないですね。

2013年3月26日火曜日

英語科協同学習に関するまとめ 『協同学習を取り入れた英語授業のすすめ』を読んで


最近、協同学習に興味を持ったため、江利川春雄著『協同学習を取り入れた英語授業のすすめ』を読み、自分の考察を加えながら以下でまとめる。(というか、まとめていくうちに、どんどん自分の考えが混合し、分け損ねたので、そのまままとめた。)

 協同学習が生まれる背景は?

 協同学習が生まれる背景は、昨今の教育問題に対する教育再生の糸口の1つとして広まっている。
ユニセフの「子どもたちの幸福度調査(2007)」によれば、日本の子どもの幸福度は先進21カ国で見て、最低レベルであり、約30パーセントの子どもが孤独を感じていることが報告された(幸福度1位のオランダは3パーセント)。これは「新自由主義」の蔓延による子どもたちにかかるプレッシャーによる影響が考えられる。子どもたちは学校の中で、習熟度別指導や試験による強制等に見られる「競争」を盛り込んだ授業により、劣等感や差別感を感じざるを得ない。この「強いられた勉強」で満ちた学校で、子どもの学びへの諦め、学力の低下、コミュニケーション能力の弱体化、生徒の問題行動が近年、特に目立ち始めた。
従来の<競争と格差>を<協同と平等>に転換し、子どもが生涯にわたって学びを楽しむ方向転換が急務である。強いられた「勉強」から、生徒が主体的に取り組む「学び」へのシフト、その教育再生に協同学習が注目されつつある。

 協同学習とは何か?

協同学習とは、簡潔に言えば、「少人数グループでの学び合いによる学習」である。ただし、この言い方では、単なる「グループ活動」と混合されるおそれがあるため、以下では協同学習での特徴を4つ挙げる。

1.    主体的で自律的な学びの構え

2.    確かで幅広い知的取得

3.    仲間とともに課題解決に向かうことのできる対人スキル

4.    他者を尊重する民主的な態度

協同学習では、授業の内容を「勉強」するというよりも、自ら考え「学ぶ」機会に焦点が置かれている。そして、この「学び」の機会は、教師の講義からではなく生徒間で生じさせることが不可欠である。また、生徒同士で、互恵的相互依存の関係を構成することまでを学習の対象にしたのが協同学習である。簡潔にまとめるならば、「広い意味での「学力」を身につけるための姿勢に重きを置いた学習」か。


 協同学習のメリットは?

   学びの中で、生徒間に建設的な支えあいを導入できる

「互恵的相互依存」が求められる協同学習では、生徒間で、教え合える人間関係の構成することが求められる。昨今の、教室に「競争・格差」が根底にある状態では、生徒同士は常に仲間とは限らない。この側面を「協同・平等」に変え、学びの中で、生徒間で円滑な関係を構成できる。この中で「多様な人々が協同する生き方」を学校内・授業中で実現できる。

   個人の力では到達できない高い目標を達成させる

 高いレベルの目標を設定することで、個人では不可能な次元のレベルを、生徒が達成し、その労苦に応じた「学びの快楽」を得ることができる。

   小集団でのコミュニケーション力を育成

英語という教科を超えたコミュニケーション力を育成する。

   強制された「勉強の苦痛」から自ら「学び」の喜びを覚える

子どもにプレッシャーをかけるような、従来の習熟度別指導・試験による強制などの授業設定は、常に生徒に「勉強の強制」をかけていた。強いられた「勉強」から、主体的な「学び」へシフトし、生徒に学びの快楽を経験させることができる。


 (英語科で)協同学習を行う上での問題点は?

 英語教育での協同学習が困難であると言われる原因に、「英語=道具・技能」という発想が根幹に存在し、教科書に内容がないことが挙げられる。そのため、教師の時間をかけた教材研究により、扱われている教材を掘り下げ、内容を濃くし、学びの質を高めていかなければならない。


 英語科の協同学習を取り入れる上で、留意すべき点は?

1.      一斉授業と協同学習の組み合わせる(場合によっては一斉授業の中に内容のあるディスカッションや相談といった形で、協同学習を盛り込む機会を見出す)
2.      グループ分けに工夫する・日本語による話し合いを織り交ぜる・個人の責任を明確化するなどにより、苦手意識を持つ子のも役割を与える
3.      一人では到達できない高いレベルを求めたり、短期間だけでなく、長期間に渡る課題を課す、タスクの評価法に個人やグループの伸び率を加えるなど、タスクの設定を工夫する
4.      他クラスや他教科、保護者や地域住民までを巻き込み活性化する。その際、教科の壁、教師間の壁、学校が持つ保守性が導入を妨害する可能性があるので、成果を確認しながら、または授業を公開し同僚性を高めながら、周囲に浸透させていかなければならないことも
5.      内容が薄い教材を教師自身が掘り下げ、学びの質を高めなければいけない。
6.      グループ内で振り返りを徹底する
7.      旧式の教室環境を改善せざるを得ない
8.      まずは、実践事例の活動を参考に


 実際の本には、多くの活動事例が小中高に渡って紹介されていました。し、解釈がズレていたり、本に書いてなかったことも書いている可能性が高いので、あしからずです。

2013年3月15日金曜日

文章の構造 (英語リーディングの科学 2章メモより)


 

浦島太郎の物語は「浦島太郎はおじいさんになりましたとさ、めでたしめでたし」と要約できるのか。この要約?に違和感を覚えるのは、物語の文構造を無視しているためだと思われる。以下では卯城裕司「英語リーディングの科学2章 英語の構造 の内容をメモしたものをブログ用に改変し紹介する。

 この章で触れられている「英語の構造」は文法などの細かなものを指さず、文章全体を構成する段落構成等として説明されている。
 これら文章の構造を知り、上手に活用できるようになれば、学習者の理解度は高まる。これらは、情報が学習者の頭の中で効率よく整理されるからである。しかしながら、すべての学習者が第二言語で書かれた文章の構造に気づくのは非常に困難である。これはテキスト構造と学習者の両者は多様で複雑であることを示しているのかもしれない。

 文章の構造は、物語と説明文で構造の分類が大きく異なる。以下ではこれら2つを簡単に紹介する。

物語の場合
 物語の文体に関する研究は数多く行われている。全ての理論が例外なく適応されるわけでは無いが、この本で紹介されているものを1つ挙げる。

 物語の文章の構造は大きく4つのカテゴリーに分類される(Thorndyke(1977))。それらは「設定」「テーマ」「プロット」「解決」であり、これらにより物語は成り立っている。

「設定」 … 登場人物、場所、時間に関する記述
              (むかしむかし、おじいさんとおばあさんは川のほとりで過ごしていたetc.)

「テーマ」 … (出来事 +) 目標
              (桃太郎は鬼退治をしなくてはならないetc.)

「プロット」 … 目標に至るまでのさまざまなエピソード
              (桃太郎はサル、イヌ、キジを仲間にするetc.)

「解決」 … テーマの結末
              (無事、鬼を退治した桃太郎は宝を村民に返しましたとさ、めでたしめでたしetc.)

また、物語の読者が重要とみなす情報に関しての研究も紹介されている。Horiba(1993)では「因果ネットワーク分析(causal network analysis)」から、因果関係の連鎖の数が多ければ多いほど、読み手は重要と感じることがわかった。


説明文の場合
 説明文の修辞構造では、代表的な4つの修辞構造パターンがしばしば見られる(Carrell(1984))。それらは「記述の集合」「因果関係」「問題/解決」「対比」である。この説明文の構造に気づいた学習者は、後により多くの内容を思い出すことができることがわかっている。

「記述の集合」 … Topicに関して、それに関連することを羅列したもの
              (鎌倉幕府に関して、1代目は源頼朝、2代目は源頼家、3台目は源実朝であるetc.)

「因果関係」 … Topicに関して、原因と結果が述べられているもの
              (アリは道標となる匂いを道に残すために、列をなし、効率的に餌を運べるetc.)

「問題/解決」 … Topicに関して、問題とその解決策を挙げているもの
              (環境汚染はという点で問題であり、解決策としてが挙げられるetc.)

「対比」 … Topicに対して、複数の観点から、見解や主張が述べられているもの
              (喫煙に関して、肺癌のリスクを高めるという声があれば、納税に貢献しているという声もあるetc.)


このようなことが本では詳しく紹介されていた。上記では主に研究の紹介を行ったが、これが教育での実践・応用の話となると、どうだろうか。
生徒(学習者)が文構造に関する理解によるメリットとして、学習者が文章の構造に気づいてリーディングを行うことが出来れば、記憶の再現率は高いことが見られたようだ。この観点を教えることで、文章読解に関して、より高度な理解が期待されるだろう。
ただ、生徒に文構造を教えることが確実に有益であるかどうかは疑問である。その理由は2点である。1点目に、この記事の冒頭で触れたとおり、文章の構造は多様であり、全てが当てはまるわけではない可能性が挙げられる。例え教材として使われている文章の構成で練習し、理解できるようになったとしても、今後読む文章の全てがこれらの例に当てはめられるとは限らない。2点目に、現在の教科書で扱われている文章は少ないために、文構造の理解の練習が十分に行えないばかりか、上記の例を網羅できない可能性を挙げる。学習者個人の読解の中で、これらの高度な理解を意識できるようになるには、教科書で扱う文章とは別に、多読等の教材を用意する必要があるのではないか。

と、こんなことを書くと、「研究をすぐに指導に結びつけるな」と怒られそうなので、ここら辺で自粛させて頂きます 
物語の構造の研究が存在することに、純粋に驚き、そんなことも知らなかったのか、勉強しないとヤバいなーと感じました。

2013年3月11日月曜日

第二言語習得データ収集の基礎知識



第二言語習得に関する研究を行う際に、実験のデータを収集することはしばしば見られる。直接観察することが出来ない、人間の頭の中の仕組みを解読していく際に、観察可能なことは何なのだろうか。そのデータ収集に関してまとめる。

(というか、個人的に参加しているSLA 研究法勉強会では、『詳説 第二言語習得研究法 理論から研究方法まで』を読み進めている。第8章 第二言語習得でのデータ収集方法 を担当になり、レジュメを作成したので、それを元にその内容を紹介する。)


8.1 & 8.3  データ収集の意義(pp.201) と まとめ(pp.236)
第二言語習得という研究領域では人間の頭の中の仕組みを対象に研究を行う。その研究のためには、第二言語習得の仕組みを推測・記述するデータの収集方法が必要である。しかしながら、研究対象となる第二言語の知識とシステムは脳内にあるため直接観察できない。言い換えれば、我々が観察できるのは、学習者の言語的な振る舞いとその結果に限られるのである。観察可能である言語活動に関するデータ収集方法は、その研究が解き明かす目的や対象に応じ、多種多様である。研究者はデータ収集を行う前に、それぞれのデータ収集法の特性を踏まえ、適切な方法を自分自身で試行錯誤しなければならない。


データ収集における基礎知識

以下では、言語活動のデータを収集する上で押さえなければならない基礎知識を紹介する。


8.1.1 縦断的研究と横断的研究(pp.201)
Ø  データ収集する際は、被験者や収集する期間を考える
 データ収集する際には、被験者とその期間を考えなければならない。可能であれば、調査の対象となる人数は最大であり、観察に渡る期間は最長であることが望ましいが、現実問題不可能である。そのため、観察は縦断的研究か横断的研究に絞られることが多い。

縦断的研究  個人の被験者に注目し、長期間に渡り、観察を行う
  例. 数名の生徒を対象に英会話で用いられる単語の語彙の変化に関して1年間追跡調査を行う。
メリット    個人内の変化が詳細にわかる
デメリット 被験者が限られてしまい、一般化出来ない可能性がある
                         時間や手間がかかり、多くの被験者を同時に観察できない

横断的研究  多くの被験者を対象に、一斉観察する
  例. 英語学習期間に差がある生徒が混在したクラス内での、英会話で用いられる語彙の差を一斉調査する。
メリット    多くの被験者を見ることで、一般化しやすい
                         縦断的研究に比べ、調査が短時間で済み、容易である
デメリット 同一被験者の発達過程を無視してしまう


8.1.2 学習者のレベル分け(pp.202)
Ø  調査対象となる学習者を習熟度分けする際は、細心の注意を払う
調査対象となる学習者の英語の習熟度は、しばしばTOEICTOEFL、英検などが目安として用いられる。しかし、その得点を予測された発達過程を示さない場合がある。
.   学年別(言語習得度に反映されるとは限らないため)
テストのスコア(各テストには測定する目的があり、レベル分けすべき発達段階と一致しないため)


8.1.3 実験群と統制群(pp.204)
Ø  タスクに対し、実験を行う「実験群(experimental group)」と、そのタスクの成果を比較・確認するための「統制群(control group)」を設定する
 被験者に起こった変化が、実験・タスクの影響に因るものなのかを確認しなければ、正確な結果は収集できない。そのため、実験を行う集団と均等な統制群を用意し、そのタスクの影響を比較・確認しなければならない。例えば、授業の中に音読のタスクを取り組み、ある被験者の英語の熟達度を向上させた、という結果が得られたとしても、「音読以外のタスクに関して、全く同じ授業を行った集団」と比較しなければ、そのタスクの影響かどうかを確認できない。
              統制群 … 実験群の成果を確認するために統制が行われる、実験群と同質な集団


8.1.4 パイロット(試行)テスト(pp.204)
Ø  本格的な実験を行う前に、小規模な予備実験(パイロットテスト)を行い、実験結果の妥当性を確認し、不備が見つかれば、実験デザインに修正を加える
 実際にデータ収集のための実験を行うと、想定していたものと大きく異なる結果が出てしまう場合や不備が生じる場合がある。実験は大きな労力を要することなので、大規模なものは繰り返し行えないことを考慮すると、このような場合に備えて、本格的な実験を行う前に、小規模な予備実験を行うべきである。この予備実験で不備等を確認し、それが見つかれば修正を加えた上で、本格的な実験に移るべきである。

8.1.5 指導の効果を見るためのデータ(pp.205)
Ø  指導の効果を確認する際には、効果の持続性の確認まで視野に入れた上で、データの収集を行うタイミングを考える
 指導の効果を確認する実験は多くあるが、その効果を確認するタイミングは効果の持続性を考慮した上で行わなければない。知識の定着が1週間後の確認が適切であるか、1ヶ月後が適切なのか。これらは各データ収集の目的によって異なるはずである。


8.1.6 質的データと量的データ(pp.206)
Ø  データの記述に関しては、質的データ・量的データの双方を補完的に活用するべきである。
 データの記述には、質的データと量的データの2種類の方法が存在する。
質的データ  研究者による、被験者のデータに関する詳細な記述
.   「被験者Aはコミュニケーションする際、指を使い、やたらダブルコーテーションのジェスチャーを多用するが、被験者Bはくねくねしながら、自身のエピソードを多用する」
量的データ  数字によって示されるデータ
.   頻度、正答率、反応時間 etc.
 量的データは統計で活用できるが、それらでは詳細な情報を拾い切れない。これらの2つはどちらかが良い、というものでなく、双方を補完するものと考えるべきである。


8.1.7 インフォームド・コンセント(説明を受けた上での同意)(pp.206)
Ø  被験者には実験の目的や方法を明確に説明し了承を得た上で、人権を守られるように配慮することが必要である。




具体的なデータ収集方法
8.2 具体的なデータ収集方法と注意点(pp.206)
8.2.1産出データ
(ア)  自然発話データ  ビデオやレコーダーを用いて会話等を収集し、分析する手法 (pp.207)
メリット            ・ 研究対象を絞りこまず、学習者の様子を記述可能である
デメリット           ・ 記録されることで普段と異なる行動をとるおそれがある
                            ・ データの整理に労力がかかり、精度が下がるおそれがある
                            ・ 回避(avoidance)を考慮する必要がある
                            ・ 学習者の発話使用が完全に習得されているとは限らない
(イ)  筆記産出データ  学習者の筆記による産出を収集し、分析を行う手法 (pp.210)
メリット              ・ 一度に大量のデータを集めやすい
デメリット           ・ 被験者が時間をかけ、書き直しが可能になるのに加え、外部情報を活用する可能性があることから、学習者の言語知識を直接反映できない可能性がある
(ウ)  日記研究/ジャーナル  被験者や観察者にとって、興味深い現象のみを記録する手法 (pp.211)
(エ)  誘引タスク  被験者に特定の発話を促す環境(タスク)を与える手法 (pp.212)
              メリット              ・ 調査したい構造や機能に関するデータを効果的に産出させることが可能
              デメリット           ・ タスクの影響で、純粋な産出が得られない可能性がある

8.2.2認識・理解に関するデータ収集方法 
以下では、刺激に対する被験者の解釈を収集し分析する手法を紹介する。それぞれ、論文でのデータの提示方法、刺激文に工夫が必要である。
(ア)  アクトアウト法 インプットに対し、言語を介さず、行動や人形を用い、被験者に要求した反応を分析する手法 (pp.216)
(イ)  絵選択タスク、絵を用いた真偽値判断タスク  ()に関して、行動の代わりに絵を選択してもらい、分析する手法 (pp.217)
(ウ)  真偽値判断タスク ある文が、別の文の内容と一致するかどうかを答えさせ、分析する手法 (pp.217)

8.2.3実験心理学的手法によるデータ収集
(ア)  コンピュータ等による刺激提示に対する反応の測定  コンピュータにより、刺激を制御し、その反応を測定し、分析する手法 (pp.219)
              メリット              心的処理のスピード等まで測定可能
              デメリット           出現する単語までに渡る細かい分析が必要
(イ)  プライミング  ある単語の認知の処理スピードを、別の単語の提示により、短縮させることが出来る。この処理スピードの差を分析することで、心的辞書の距離を分析する手法 (pp.221)
(ウ)   自己ペースによる読解/聴解 コンピュータによりインプットを統制することで、被験者の文のオンライン処理を調査し、分析する手法(pp.222)

8.2.4神経生理学的データ
 研究手法では神経生理学的データを元に分析する手法が現れ始めた。脳イメージングがより精密な分析手法として大きく貢献する可能性がある一方で、今までの研究を「根拠のないもの」と軽視する可能性がある。また、脳の部位の働き自体が精密に解明されておらず、決定的な証拠にならないという批判もある。(pp.231)
以下では、言語仕様の際に使用される脳に焦点を置いた分析方法を紹介する。
(ア)     眼球運動  文字情報を言語情報に置き換える際の眼球運動を測定し、直結する脳の反応を解読する分析手法(pp.223)
メリット               被験者の単語、統語、談話に関する知識を処理スピードから分析できる
デメリット            処理スピードが遅れる要因は外的である場合がある (目が悪い・部屋が暗いetc)
(イ)     事象関連電位(ERP)  認知活動に関する脳の部位の電極を測定し、分析する手法(pp.226)
メリット               脳の活動を即時で観察し、統語の乱れによる被験者の文の再分析を細かに確認できる
デメリット            これらの反応が言語の認知処理を反映しているとは限らない
                             「言語」「言語処理」「習得」に関して厳密な定義が必要である
                             被験者の負担が大きい
(ウ)     PETfMRI、光トポグラフィー  放射線医療薬を用い、脳内の血流の流れを確認し、活性化された部位を分析する手法(pp.228)
メリット               より細かな脳の動きの分析が可能である
デメリット            大掛かりであることが多い(最新設備で解消しつつある)

 8.2.5メタ言語データ
(ア)  文法性判断タスク/受容度診断タスク ある文が[文法的][発話、文体、記憶]から的確であるかを判断させるタスクによるデータ収集・分析手法(pp.232)
              メリット              数的処理が容易である
              デメリット           タスクでの言語仕様が自然でなく、メタ言語観察に陥る可能性がある
(イ)  文操作タスク  被験者に対し、文操作を行わせ、ターゲット文を作らせるタスクによるデータ収集・分析手法(pp.236)
              メリット              特定の言語仕様を促すことが出来る
              デメリット           不自然な産出による「メタ言語能力」を測定している可能性がある