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2013年8月27日火曜日

第二言語話者の「能力」の規定の変遷


第二言語話者の能力の規定は時代によって移り変わっている。この能力観の違いを押さえてる上で重要な考え方には以下の3つが存在する。

言語能力 linguistic competence
伝達能力 communicative competence
相互行為能力
以下では、これらの能力の考え方の移り変わりを大まかにまとめる。

1. 言語能力(linguistic competence) –生成文法の捉える言語能力-

言語運用の能力を考える際に、避けては通れないのが生成文法という発想である。以下では、知識不足ではあるが、簡単に生成文法を踏まえた上で、その理論から考えられた言語能力について紹介する。

人間は通常失敗することなく母語を習得できることから、言語学者チョムスキーは人間の脳には言語を習得する器官が備わっているのではないか、と考えた。この発想が生成文法であり、その際に考えられた能力が「言語能力(linguistic competence)」である。
 私たちが普段無意識で言葉を用いているが、この際の文は文法的に大きく崩壊することはまずない。そして、私たちが用いる正しい言葉は組み合わせ次第で限りなく作られていく。つまり、母語であれば、新規にいくらでも適切な文を作り出すことができ、また適切な文であれば、初めての文を読んだり聞いたりしてもきちんと理解できるのである。この際に、用いられる文法的に正しい文を無限に生成・理解するための知識言語能力とみなしたのである。
人間がまず失敗することなく母語を習得するためには、言語に体系的な規則が存在するはずであると生成文法の立場の人々は考え、その規則を厳密に追及するためまずは文を構成する骨組みである統語の解明を中心に研究は進められた。生成文法の立場は、厳密に「人間の脳が言語習得をする上で、言語に備わっている規則」を明かそうとするものであるため、言語能力は規則を知っているかどうか、という知識として捉えられている。そのため、言語能力とは知識を指すものであり、あくまで運用は別問題とみなしている。

 集約すると、「言語能力(linguistic competence)」とは言語に関する知識である、と言い換えられる。この発想において、言語に関する知識が備わっている状態こそが言語習得された状態と考えることができる。極端に言えば、「ルールを知っているなら、できるよね」という発想となっている。

 この能力観であれば、言葉を用いることができるかをテストするためには知識の確認を行えばいいわけであるため、ペーパーテスト上で多肢選択式形式を多用して能力を測定することは概ね問題がないのではないだろう。(もちろんテストの形式次第では、テスト方略とかまた別の問題が伴ってくるだろうが

2. 伝達能力 (communicative competence) ‐社会学者が捉える言語運用の視点-
 生成文法の立場は、脳内に存在する装置や言語の規則を厳密に解明することに焦点を置いていたために、それ以外の「言語運用」に関する諸要素は排除されていた。しかしながら、実際の言語使用からでは、観察上「言語能力」と「言語運用」の区別は不可能なのであり、脳内の純粋な言語知識(I言語)の特定はできないことが大きな問題として浮上した。
 言語知識に限定した考えを持っていた生成文法の立場に対し、ハイムズを代表とする社会言語学は反論として「伝達能力」を提唱した。彼らは、言語を使用する際には、言語に関する知識にとどまらず状況的・言語的文脈での適切さの要素を加えなくてはいけないと考えた。言語知識はいわば潜在的な知識として存在するだけであり、使用のための力「運用能力」という側面も踏まえなくてはいけないのではないか、という発想である。

ハイムズは、従来の「言語能力」に対して「伝達能力」では、そのパラメータとして、以下の4つを設定した。

1.形式的可能性
2.実行可能性
3.適切性
4.蓋然性
勉強不足のため割愛させていただきます。ともかく、この言語運用の大きな捉え方は、従来の生成文法には含まれていない要素を含んでいるため、運用のための教授や評価に大きな影響を与えた。
そして、この発想を受け継いだCanale and Swainは伝達能力の構成要素は3つであると考えた

文法能力
社会言語能力
方略的能力(コミュニケーションの失敗を補完する要素として)
(これらの関係性は勉強不足のため割愛)
また、この流れで現れたのがバックマンである。バックマンは上記の伝達能力の流れから意思伝達言語能力を提唱した。意思伝達言語能力(communicative language ability)は「知識+知識を用いる力」であり、その構成要素は以下の3つが挙げられる。
言語能力
方略的能力(言語能力を知識や使用に関連付け言語活動を実行するための能力)
心理生理的機能
(バックマンに関しては、この9月をかけて読み進める予定)
これらの立場をまとめると、生成文法で考えられていた「言語に関する知識」である言語能力だけでは、言語使用は行うことができず、以前になかったコミュニケーションにおける社会的な要素も加えられた。この社会的な側面を加えられたのが、伝達能力である。
 この能力観では、言葉を扱える状態とは、言語知識とは別に社会的な諸要素を持たなければいけないとみなされる。すなわち、テスト上では知識にとどまらず、コミュニケーションにおける方略といった諸要素も測定しなければ、伝達能力を確認できない、と考えているのである。「受験英語は知識に偏っていて実際には使えない」という発想や、「より使える英語を問うべきである」という問題提起は、従来の言語能力にとどまらない伝達能力の観点が教育に十分ではないためなのかもしれない。
3. 相互行為能力 ‐個人に集約しない流動的な能力観-
 伝達能力では「言語知識だけでなく、社会的な側面を加える」という能力観であった。しかし、実際のコミュニケーションは個人で完結するものではなく、コミュニケーションを行う相手との相互的で協働的な関係の中でコミュニケーションは成り立つのである。言語運用を考えた際に、運用の際の能力は個人の中にとどめることができないのではないか、という発想から、相互行為能力という考え方が生じる。

 言語運用とは何かという大きな話になってしまうが、言語運用とは、その場その場で変化する状況の中で、相手との協働的に関係を変容させていくものであると捉えるべきではないだろうか。Kasperはこの発想から「人々が知的で社会的に組織された相互行為に参加するために利用されたり、依拠したりする能力」として相互行為能力を提唱したのである。

 この相互行為能力は従来の能力と大きく違う発想であるため、以下では伝達能力と相互行為能力の違いをまとめる。

・  伝達能力
能力の源は個人
能力は個人に所有された特性とみなされる
心理学に由来する(個人の一般的な認知システムという位置づけ)

  相互行為能力
能力の源は社会(全ての参与者間で協働的に構築されるもの)
     言語使用の状況的・相互行為的な側面への認識
        基本的な概念に対してイーミックな視点で(勉強不足のため割愛)
        第二言語習得のデータベースを拡張する(勉強不足のため割愛)
 従来の伝達能力では、あくまで言語運用のための能力は個人に備わるものと考えていた。すなわち、個人の中で習得された伝達能力があり、それを持ってすれば実際の言語運用は成り立つと考えられていた。この発想は心理学に由来し、個人の能力は認知メカニズムとして習得されるという立場をとっている。
 しかしながら、実際の言語使用が個人内で完結した能力で行われていると考えると納得できない場合が存在する。例えば、「AさんとBさんは上手におしゃべりでき、BさんとCさんも問題なく会話できるが、AさんとCさんは円滑に意思疎通が行えない」という場合はどうだろうか。個人の中に能力が備わっているのであれば、この状況を説明することは困難となる。
 Kasperが主張する相互行為能力においては、能力とは「その場その場で社会に関与していくための相互的な能力の集合」と捉える。コミュニケーションとは話者同士の変容であり、その構成員間で発揮される流動的な能力によって行われていると考える。そのため、この能力は個人の中にとどまらず、話者間の間でのみに存在するものと考えなくてはならない。また、コミュニケーションの構成員。状況が異なればこの流動的な能力のあり方は変容するために、能力は唯一一つのcompetenceと規定することはできず、集合的な概念competencesとして捉えなくてはならない。
 この能力観をもってすれば、現状のテストでは測定が極めて困難となる。能力の概念は常に特定の状況下での特定の話者間に生じるものであるために、まずその能力の叙述が困難であり、叙述できたとしても非常に限定的なものとなってしまう。なおかつ、コミュニケーションを構成する話者の影響を排除できないため、測定したい特定の学習者の能力そのものを測定することができない。例えば、仮に受験者に対し面接テストを行った際には、面接官との社会的な関係や状況がコミュニケーションに影響してしまうために、受験者の相互行為能力は特定の状況下での一つの能力としか捉えられない。そのため、他の状況下・話者間で同じ発話が行えるかは保証することができないのである。また、その評価も叙述が困難なために極めて難航することが予想される。今後、この能力に関してはより研究が求められるだろう。


まとめ

このような能力観の移り変わりを見ていくと、テスト作成における構成概念妥当性の決定は、常に非常に複雑で困難な問題に直面することが考えられる。そこで、従来のテストでは、目的を絞り、能力を測定してきたのである。特に相互行為能力に関しては、理論としては納得できるものの、現行の試験形態では非常に測定が困難であることが容易に予想される。これらの能力の記述が教室や試験に活用されるために、研究を進めていきたい。

参考文献